足が正座もできないほどむくんだ日。看護師の私が「いつもと違う」と気づいたこと
ある日の夕方、足を見て、ぞくりとしました。
両足とも、正座もできないほどパンパンにむくんでいました。 足の甲は、水を含んだように厚みを増していて、皮膚には、うっすらと赤み。
夕方のいつものむくみとは、明らかに違っていました。
通勤して働いていた頃には、なかった症状
立ち仕事のあと、夕方に足がむくむ。 それは、働いていた頃から知っていました。当たり前のことでした。
でも、今回のは違いました。 質が、違ったのです。
正座ができない。 甲が、水を含んだように厚い。 皮膚に、赤みがある。
熱っぽさはありませんでした。 それでも、「これは、尋常じゃない」と、体のどこかが警報を鳴らしていました。
看護師なのに、自分のことは危うく見過ごしかけた
おかしなものです。
私は、透析の看護を20年すこし続けてきました。 たくさんの患者さんの足に触れて、むくみの具合から、その日の体の声を聞いてきました。 足は、その人の一日を、正直に映してくれる場所でした。
それなのに、自分のことになると、つい。 「最近、座りすぎたかな」で、片づけそうになったのです。
人の異変には気づけるのに、自分の異変は、つい小さく見積もってしまう。 これは、看護してきた人ほど、あるあるなのかもしれません。
両足だったこと、熱がなかったこと
落ち着いてから、自分の状態をふり返ってみました。
むくみは、片足だけではなく、両足とも同じ程度でした。 そして、さわっても熱っぽさはありませんでした。
看護の経験から言うと、このふたつは、ただの手がかりではありません。 片足だけが急にむくんで熱や痛みを伴うときと、両足が同じようにむくむときとでは、見るべき背景が変わってきます。
だからこそ、自己判断で「きっと座りすぎ」と決めつけてはいけない、と自分に言い聞かせました。 こういうことは、しろうと判断ではなく、診てもらって確かめるものだからです。
むくみには、休んでいいものと、立ち止まるべきものがある
ここは、看護してきた者として、ちゃんと書いておきたいところです。
むくみには、心配のいらないものと、立ち止まったほうがいいものがあります。
長く同じ姿勢でいた。夕方だけ。ひと晩でもとに戻る。 そういうむくみは、たいてい体の自然な反応のことが多いです。
でも、こんなときは、休むより先に診てもらってほしいと思います。
→ 片足だけが急にパンパンになる(痛みや熱っぽさを伴うことも) → 赤みがある、皮膚がヒリヒリする → 両足ぜんたいが強くむくみ、息切れや、急な体重の増えもある → 正座もできない、押した跡がなかなか戻らない → 日に日に、ひどくなっていく
片足か、両足か。 赤みがあるか。熱があるか、ないか。 そのひとつひとつが、体の出している別々のサインだと、私は思っています。
次に出たら、写真を撮る
むくみや赤みは、引いてしまうと、言葉だけでは医師に伝わりにくいものです。
私が患者さんによく「写真、ありますか」と聞いてきたのも、そのためでした。 だから今度は、自分が撮る番です。
次にもし出たら、赤みの範囲がわかる写真を、一枚撮っておこう。 そう決めました。 特別な道具もいりません。誰にでもできる、小さな備えだと思います。
そして、引いた今でも、次に診てもらうときには、このことをちゃんと伝えるつもりです。 「数日前、両足にこういうむくみと赤みが出て、今は引きました」と。 点ではなく、線で見てもらうために。
あなたの体の声を、消さないで
今、私の足は落ち着いています。
でも、あのとき感じた「尋常じゃない」という感覚は、忘れないでおこうと思います。
体は、言葉を持ちません。 むくみや、赤みや、痛みで、せいいっぱい教えてくれます。
その声を、「気のせい」「座りすぎ」で消さないであげてほしいのです。
休むことも、大切です。 でも、休んでも引かない。いつもと違う、と感じたとき。 どうか、ひとりで抱えこまずに、診てもらってください。
たくさんの足を見てきた私が、自分への戒めもこめて、あなたに伝えたいこと。
あなたの足が、いつもと違う声で泣いていたら。 どうか、その声を、聞いてあげてくださいね。