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透析看護師20年。体を壊して気づいたこと。

足が正座もできないほどむくんだ日。看護師の私が「いつもと違う」と気づいたこと

足が正座もできないほどむくんだ日。看護師の私が「いつもと違う」と気づいたこと

2026年6月9日

足が正座もできないほどむくんだ日。看護師の私が「いつもと違う」と気づいたこと

ある日の夕方、足を見て、ぞくりとしました。

両足とも、正座もできないほどパンパンにむくんでいました。 足の甲は、水を含んだように厚みを増していて、皮膚には、うっすらと赤み。

夕方のいつものむくみとは、明らかに違っていました。

通勤して働いていた頃には、なかった症状

立ち仕事のあと、夕方に足がむくむ。 それは、働いていた頃から知っていました。当たり前のことでした。

でも、今回のは違いました。 質が、違ったのです。

正座ができない。 甲が、水を含んだように厚い。 皮膚に、赤みがある。

熱っぽさはありませんでした。 それでも、「これは、尋常じゃない」と、体のどこかが警報を鳴らしていました。

看護師なのに、自分のことは危うく見過ごしかけた

おかしなものです。

私は、透析の看護を20年すこし続けてきました。 たくさんの患者さんの足に触れて、むくみの具合から、その日の体の声を聞いてきました。 足は、その人の一日を、正直に映してくれる場所でした。

それなのに、自分のことになると、つい。 「最近、座りすぎたかな」で、片づけそうになったのです。

人の異変には気づけるのに、自分の異変は、つい小さく見積もってしまう。 これは、看護してきた人ほど、あるあるなのかもしれません。

両足だったこと、熱がなかったこと

落ち着いてから、自分の状態をふり返ってみました。

むくみは、片足だけではなく、両足とも同じ程度でした。 そして、さわっても熱っぽさはありませんでした。

看護の経験から言うと、このふたつは、ただの手がかりではありません。 片足だけが急にむくんで熱や痛みを伴うときと、両足が同じようにむくむときとでは、見るべき背景が変わってきます。

だからこそ、自己判断で「きっと座りすぎ」と決めつけてはいけない、と自分に言い聞かせました。 こういうことは、しろうと判断ではなく、診てもらって確かめるものだからです。

むくみには、休んでいいものと、立ち止まるべきものがある

ここは、看護してきた者として、ちゃんと書いておきたいところです。

むくみには、心配のいらないものと、立ち止まったほうがいいものがあります。

長く同じ姿勢でいた。夕方だけ。ひと晩でもとに戻る。 そういうむくみは、たいてい体の自然な反応のことが多いです。

でも、こんなときは、休むより先に診てもらってほしいと思います。

→ 片足だけが急にパンパンになる(痛みや熱っぽさを伴うことも) → 赤みがある、皮膚がヒリヒリする → 両足ぜんたいが強くむくみ、息切れや、急な体重の増えもある → 正座もできない、押した跡がなかなか戻らない → 日に日に、ひどくなっていく

片足か、両足か。 赤みがあるか。熱があるか、ないか。 そのひとつひとつが、体の出している別々のサインだと、私は思っています。

次に出たら、写真を撮る

むくみや赤みは、引いてしまうと、言葉だけでは医師に伝わりにくいものです。

私が患者さんによく「写真、ありますか」と聞いてきたのも、そのためでした。 だから今度は、自分が撮る番です。

次にもし出たら、赤みの範囲がわかる写真を、一枚撮っておこう。 そう決めました。 特別な道具もいりません。誰にでもできる、小さな備えだと思います。

そして、引いた今でも、次に診てもらうときには、このことをちゃんと伝えるつもりです。 「数日前、両足にこういうむくみと赤みが出て、今は引きました」と。 点ではなく、線で見てもらうために。

あなたの体の声を、消さないで

今、私の足は落ち着いています。

でも、あのとき感じた「尋常じゃない」という感覚は、忘れないでおこうと思います。

体は、言葉を持ちません。 むくみや、赤みや、痛みで、せいいっぱい教えてくれます。

その声を、「気のせい」「座りすぎ」で消さないであげてほしいのです。

休むことも、大切です。 でも、休んでも引かない。いつもと違う、と感じたとき。 どうか、ひとりで抱えこまずに、診てもらってください。

たくさんの足を見てきた私が、自分への戒めもこめて、あなたに伝えたいこと。

あなたの足が、いつもと違う声で泣いていたら。 どうか、その声を、聞いてあげてくださいね。